和歌篇

国のためみがきあげたる白玉をなげうつ時は今ぞ来にける

上(うは)衣(ぎぬ)はさもあらばあれ敷島の大(やま)和(と)にしきを心にぞきる

憂きことの稀にしあればくるしきを常と思へば楽しかりけり 

君がため深き海原ゆく船をあらくな吹きそしなとべの神

諸(もろ)人(びと)のまことのつもる船なれば行くも帰るも神や守るらむ 

二つなき道にこの身を捨小舟波立たば立て風吹かば吹け

結ばれし心のこほり解けやらで春ならぬ春に春は来にけり

 思はじな思ひし事はたがふぞと思ひすてても思ふはかなさ


漢詩篇

           (抄及解 大木俊九郎)

 獄中有感

 

朝蒙恩遇夕焚#
人世浮沈似晦明
縦不回光葵向日
若無開運意推誠
洛陽知己皆為鬼
南嶼俘囚独竊生
生死何疑天附与
願留魂魄護皇城

 〔獄(ごく)中(ちゅう)感(かん)有(あ)り〕

朝(あした)に 恩(おん)遇(ぐう)を蒙(こうむ)り夕(ゆうべ)に 焚(ふん)#(こう)せらる、

人(じん)世(せい)の 浮(ふ)沈(ちん)は 晦(かい)明(めい)に 似(に)たり。

縦(たと)い光(ひかり)を 回(めぐ)らさずとも 葵(あおい)は日(ひ)に向(むか)う、

若(も)し 運(うん)を開(ひら)く無(な)くとも意(い)は誠(まこと)を推(お)さむ。

洛(らく)陽(よう)の 知(ち)己(き)皆(みな) 鬼(おに)と為(な)り、

南(なん)嶼(しょ)の俘(ふ)囚(しゅう) 独(ひとり)生(せい)を竊(ぬす)む。

生(せい)死(し) 何(なん)ぞ疑(うたが)わむ天(てん)の附(ふ)与(よ)なるを、

願(ねが)わくは 魂(こん)魄(ぱく)を 留(とど)めて 皇(こう)城(じょう)を護(まも)らむ。

 

(解)朝がたには君の恩ちょう優遇を受けていたものが、夕方には穴の中に生埋めにされるというような人間の運命の浮き沈みは、空の晴曇の定まりの無いようにあてにならぬものである。さてかの葵の花はたとえ空が曇って日光が直射しなくても、いつも太陽の在る方に面を向けるものであるが、自分は今幽囚の身となっていても、心は常に天朝の方に向いているし、もし、運が開けず青天白日の身となる事が出来なくても、心の動くところはどこまでも忠誠の一つでもって推し通すつもりである。顧みれば、京都で親しく交わっていた勤王の同志の友達は皆死んでしまい、南の小島で牢の中にぶちこまれている自分一人がぬすと生きをしているという事は不思議な運命である。生も死も共に天の与える所で、人間の力のよくする所で無い事には疑いをいれる余地も無いが、願わくば、命は亡くなっても、魂だけはこの世にのこし留めて、いついつまでも皇居の御守護を申し上げたいものである。


蒙使於朝鮮国之命

酷吏去来秋気清
鶏林城畔逐涼行
須比蘇武歳寒操
応擬真卿身後名
欲告不言遺子訓
雖離難忘旧朋盟
胡天紅葉凋零日
遥拝雲房霜剣横

〔朝(ちょう)鮮(せん)国(こく)に使(つかい)するの命(めい)を蒙(こうむ)る〕

 

酷(こく)吏(り)去(さ)り来(きた)って秋(しゅう)気(き)清(きよ)く、

鶏(けい)林(りん)城(じょう)畔(はん)涼(りょう)を逐(お)うて行(ゆ)く。

須(すべか)らく比(ひ)すべし蘇(そ)武(ぶ)歳(さい)寒(かん)の操(みさお)、

応(まさ)に擬(ぎ)すべし真(しん)卿(けい)身(しん)後(ご)の名(な)。

告(つ)げんと欲(ほっ)して言(い)わず遺(い)子(し)の訓(おしえ)、

離(はな)ると雖(いえど)も忘(わす)れ難(がた)し旧(きゅう)朋(ほう)の盟(ちかい)。

胡(こ)天(てん)の紅(こう)葉(よう)凋(ちょう)零(れい)の日(ひ)、

遥(はるか)に拝(はい)せん雲(うん)房(ぼう)に霜(そう)剣(けん)の横(よこた)わるを。

 

(解)酷暑が去ってしまい、さっぱりした秋のけはいが出て来て、気持ちのよい時候となったが自分はこの度大命を奉じて朝鮮の京城城のほとりへ涼しさを追うて行く事になった。何という有難い事であろうか。いやしくも大命を奉じて行くからには、昔漢の蘇武が雪の日に守った美しい操に比すべき操を守り、唐の顔真卿が死後にのこした芳ばしい名に似通った名を揚げねばならぬ。自分は今決死の覚悟をしているので、子供等に教訓を残して置きたいとも思うがあえて言わず、旧友達に離れて再び会う事が出来なくなっても、以前に交した忠誠の盟は決して忘れる事ではない。やがていよいよ秋も深まり、北国朝鮮の紅葉が凋みおちるころには、自分は殺されるか自刃するかして問罪の皇帝が派遣される事になり、九重の雲深きあたりに、近衛兵の銃先に露と光る銃剣が林の如く連り立っている壮観を、草葉の陰からはるかに拝む事であろう。


偶成

我家松籟洗塵縁
満耳清風身欲僊
謬作京華名利客
斯声不聴已三年

〔偶(ぐう)成(せい)〕

 

我(わ)が家(いえ)の松(しょう)籟(らい)塵(じん)縁(えん)を洗(あら)い、

満(まん)耳(じ)の清(せい)風(ふう)に身(み)僊(せん)ならむと欲(ほっ)す。

謬(あやま)って京(けい)華(か)名(めい)利(り)の客(きゃく)と作(な)り、

斯(こ)の声(こえ)聴(き)かざること已(すで)に三(さん)年(ねん)。

 

(解)自分の家の松風の音が塵のうき世の縁を洗い去り、清らかな風が耳一ぱいに吹き入ってすがすがしい気持ちになり、いつの間にか仙人になってしまいそうな気がする。思えば、自分は今まであやまって都に出て、名誉利益を追う旅の客となり、この松風の声を耳傾けて聞かない事が早三年になる。


除夜

白髪衰顔非所意

壮心横劔愧無勲

百千窮鬼吾何畏

脱出人間虎豹群 

 〔除(じょ)夜(や)〕

 

白(はく)髪(はつ)衰(すい)顔(がん)意(い)とする所(ところ)に非(あら)ず、

壮(そう)心(しん)劔(けん)を横(よこ)たえて勲(くん)無(な)きを愧(は)ず。

百(ひゃく)千(せん)の窮(きゅう)鬼(き)吾(われ)何(なん)ぞ畏(おそ)れむ、

脱(だっ)出(しゅつ)す人(にん)間(げん)虎(こ)豹(ひょう)の群(ぐん)。

 

(解)髪が白くなったり、顔にしわが寄ったりする事は、何も気にする所でないが、血気さかんな心を持ち、軍職に在って剣を横たえておりながら、何等の功勲も無い事は恥ずかしい次第である。大晦日になって、借金取の鬼どもが百匹千匹おし寄せて来ても、何もおそれる事はない。自分はもともと虎や豹のように慓(ひょう)悍(かん)な軍人の群をぬけ出して来た人間で、何物にも動じない精神の修養はすでに出来ているのだ。


留別政照子

別離如夢又如雲

欲去還来涙玄云

獄裡仁恩謝無語

遠凌波浪痩思君

 〔政(まさ)照(てる)子(し)に留(りゅう)別(べつ)す〕

 

別(べつ)離(り)夢(ゆめ)の如(ごと)く又(また)雲(くも)の如(ごと)く、

去(さ)らむと欲(ほっ)して還(かえり)来(きた)って涙(なみだ)玄(げん)云(うん)。

獄(ごく)裡(り)の仁(じん)恩(おん)謝(しゃ)するに語(ご)無(な)く、

遠(とお)く波(は)浪(ろう)を凌(しの)いで痩(や)せて君(きみ)を思(おも)わむ。

 

(解)君と別れねばならぬ事になったが、思えば夢のようでもあり又雲のようでもあって、立ち去ろうとしては又立ちかえって来て、離別を悲しむ涙が止めども無く流れ出る。顧みれば、長い間の牢獄生活中の君のなさけ深い恩義は、何とお礼を言ってよいやら適切な言葉がない。今遠い浪路を乗り越えて鹿児島に帰って行ったら、夜も昼も君を思い慕うて、ただやせにやせていく事であろう。


偶成

 早起開扉望桜峰

雲間白雪奥応冬

両三詩客訪茅屋

汲水喫茶共忘庸 

〔偶(ぐう)成(せい)〕

 

早(そう)起(き)扉(とびら)を開(ひら)いて桜(おう)峰(ほう)を望(のぞ)めば、

雲(うん)間(かん)白(はく)雪(せつ)あり奥(おく)は応(まさ)に冬(ふゆ)なるべし。

両(りょう)三(さん)の詩(し)客(きゃく)茅(ぼう)屋(おく)を訪(と)い、

水(みず)を汲(く)み茶(ちゃ)を喫(きっ)して共(とも)に庸(つかれ)を忘(わす)る。

 

(解)朝早く起き、窓の扉を開いて桜島を望むと、雲間に見える山のいただきには雪が白い。ここはまだ秋であるが、あの山奥はもはや冬になっているにちがいない。やがて二三の詩の友達が、我がこのかやの伏屋を訪ねて来、主客一緒になって水を汲み湯を沸かし、茶をすすって共につかれを忘れ、共に詩を作って時を忘れる楽は又格別である。


 

月照和尚忌日賦焉

 相約投淵無後先

豈図波上再生縁

回頭十有余年夢

空隔幽明哭墓前
 

 〔月(げっ)照(しょう)和(お)尚(しょう)の忌(き)日(じつ)に賦(ふ)す〕

 

相(あい)約(やく)して淵(ふち)に投(とう)ずる後(こう)先(せん)無(な)し、

豈(あに)図(はか)らむや波(は)上(じょう)再(さい)生(せい)の縁(えん)。

頭(こうべ)を回(めぐ)らせば十(じゅう)有(ゆう)余(よ)年(ねん)の夢(ゆめ)、

空(むな)しく幽(ゆう)明(めい)を隔(へだ)てて墓(ぼ)前(ぜん)に哭(こく)す。

 

(解)前以て約束をしておいて相抱いて深い海に身を投げたのは全く同時で、少しの後先も無かったのに、同じ波の上で一緒に救い上げられながら、君は遂に生きかえらず、自分だけが息吹きかえした事は、思いがけも無い不思議な浮世の縁である。ふりかえってその当時の事を思い出して見ると、はや十何年の昔の夢で、今は空しく生死の境を隔てて君の墓の前にぬかづきやるせない悲しみの涙に沈む次第である。


 失題

孤鳩林外喚朋声

聴取斯心不語明

疾馬難留回首望

一鞭千里似毛軽

〔失(しつ)題(だい)〕

 

孤(こ)鳩(きゅう)林(りん)外(がい)に朋(とも)を喚(よ)ぶ声(こえ)

聴(ちょう)取(しゅ)すれば斯(こ)の心(こころ)語(かた)らずして明(あきらか)なり。

疾(しつ)馬(ば)留(とど)め難(がた)く首(こうべ)を回(めぐ)らして望(のぞ)めば、

一(いち)鞭(べん)千(せん)里(り)毛(け)に似(に)て軽(かろ)し。

 

(解)一羽の鳩が林のかたわらで友を呼んでいる声が聞こえる。もとより語は通じないけれども気をつけて聞けば鳩の気持ちはよくわかる。手を負うたのではあるまいか。しばらく馬を留めてその声のする方に行って見てやりたいけれども、折角快く走っている馬をひき留める事は気の毒で敢(あえ)てしきれず、後ふりかえって見れば、さっきの場所ははるかかなたに遠ざかってしまっていて、一むち千里の勢いで走る馬の身の軽いことはまるで鳥の毛のようである。


偶成

 獄裡氷心甘苦辛

辛酸透骨看吾真

狂言妄語誰知得

仰不愧天況又人

〔偶(ぐう)成(せい)〕

 

獄(ごく)裡(り)氷(ひょう)心(しん)苦(く)辛(しん)を甘(あま)とし、

辛(しん)酸(さん)骨(ほね)に透(とお)って吾(わ)が真(しん)を看(み)る。

狂(きょう)言(げん)妄(もう)語(ご)誰(たれ)か知(し)り得(え)む、

仰(あお)いで天(てん)に愧(は)じず況(いわ)んや又(また)人(ひと)にをや。

 

(解)牢獄の中に在って氷のような清浄潔白な心になっていると、にがさもからさも甘く感じ(辛酸艱難をつらいと思わず)ひどいつらさが骨まで浸み透って自分の本当の心を知る事が出来る。作りかざった言や、うそいつわりの語を吐いても、だれもがそれを見破る事が出来ようか。人を欺(あざむ)く事は易(やす)く、天を欺く事は出来ないものであるが、自分は仰いで天に対して我が心の醜さをはずかしく思うような事は無い。ましていわんや、人に対してはずかしいと思う事などはもちろん無い。


感懐

 幾歴辛酸志始堅

丈夫玉砕愧甎全

一家遺事人知否

不為児孫買美田

 〔感(かん)懐(かい)〕

 

幾(いく)たびか辛(しん)酸(さん)を歴(へ)て志(こころざし)始(はじ)めて堅(かた)し、

丈(じょう)夫(ぶ)玉(ぎょく)砕(さい)して甎(せん)全(ぜん)を愧(は)ず。

一(いっ)家(か)の遺(い)事(じ)人(ひと)知(し)るや否(いな)や、

児(じ)孫(そん)の為(ため)に美(び)田(でん)を買(か)わず。

 

(解)人の志というものは、幾度も幾度もつらいめひどいめにあって後、はじめて堅く定まるものである。そこで、真の男子たる者は、先ず幾多の辛酸をなめて志を堅くし、その堅い志を貫くためには、玉となってくだけることを本懐とし、志をまげて瓦となって無事に生きながらえることを恥とする。それについて、自分が家法として子孫に残しておきたいと思う事が一つあるが、それが何であるかを知っている人があるか知らん。子孫のためにといって良い田を買わない事がそれである。


武村ト居作

ト居勿道倣三遷

蘇子不希児子賢

市利朝名非我志

千金抛去買林泉
  

〔武(たけ)村(むら) ト(ぼく)居(きょ)作〕

 

ト(ぼく)居(きょ)道(い)う勿(なか)れ三(さん)遷(せん)に倣(なら)うと、

蘇(そ)子(し)は希(こいねがわ)ざりき児(じ)子(し)の賢(けん)。

市(し)利(り)朝(ちょう)名(めい)は我(わ)が志(こころざし)に非(あら)ず、

千(せん)金(きん)抛(なげう)ち去(さ)って林(りん)泉(せん)を買(か)う。

 

(解)自分が今度住居を移したのは、孟子の母が孟子の教育のためを思うて三所に住居を移された、あの真似をしたのだなどと言ってくれるな。蘇東坡先生はその子息が賢明になる事を願われなかった。市で商をして利益を得たり、朝廷の役人になって名誉を得たりする事は自分の志望ではない。金もいらねば名もいらぬから、大金を惜しげもなくほうり出して、林や泉の自然のながめのよい屋敷を買ったまでの事だ。


偶成

世上毀誉軽似塵

眼前百事偽耶真

追思孤島幽囚楽

不在今人在古人 

 〔偶(ぐう)成(せい)〕

 
世(せ)上(じょう)の毀(き)誉(よ)軽(かろ)きこと塵(ちり)に似(に)たり、

眼(がん)前(ぜん)の百(ひゃく)事(じ)偽(ぎ)か真(しん)か。

追(つい)思(し)すれば孤(こ)島(とう)幽(ゆう)囚(しゅう)の楽(たのしみ)、

今(こん)人(じん)に在(あ)らずして古(こ)人(じん)に在(あ)りき。 


(解)世間の人のほめそしりは塵見たように軽くうすっぺらで何の権威も無いものであり、日夜眼の前に展開されるすべての人事は、どれが偽りやら真やら更に分からないものである。ふりかえって過去の事を思い起こしてみれば、離小島の牢屋につながれていた時の楽は、今日生きている現在の人の上には無くて昔の人の上にあった。 


示子弟

才子元来多過事

議論畢竟世無功

誰知默默不言裡

山是青青花是紅

 〔子(し)弟(てい)に示(しめ)す〕

才(さい)子(し)元(がん)来(らい)多(おお)く事(こと)を過(あやま)つ、

議(ぎ)論(ろん)畢(ひっ)竟(きょう)世(よ)に功(こう)無(な)し。

誰(たれ)か知(し)る默(もく)默(もく)不(ふ)言(げん)の裡(うち)、

山(やま)は是(これ)青(せい)青(せい)花(はな)は是(これ)紅(くれない)なるを。

 

(解)元来、才気のすぐれた人間は、多くは事を仕損ずるものである。又世間で才子と呼ばれるような人間は好んで議論をするものであるが、議論などというものは、つまるところ世の中にとって何の役にも立たぬものである。だれか知っている人があるか、多分気づかない人が多かろうが、だまって一言も口を利かないながら、山には木が青青と生い繁り、野には花が紅に咲きにおうているではないか。


示子弟

 学文無主等痴人

認得天心志気振

百派紛紜乱如線

千秋不動一声仁

 〔子(し)弟(てい)に示(しめ)す〕

 

文(ぶん)を学(まな)んで主(しゅ)無(な)ければ痴(ち)人(じん)に等(ひと)しく、

天(てん)心(しん)を認(にん)得(とく)すれば志(し)気(き)振(ふる)う。

百(ひゃく)派(は)紛(ふん)紜(うん)乱(みだ)れて線(いと)の如(ごと)くなれども、

千(せん)秋(しゅう)動(うご)かず一(いっ)声(せい)の仁(じん)。

 

(解)人間の踏み行うべき道の学問をするに当たって、その学問の主となり、中心となり、心の舟の舵となるものが無ければ、どんなに物知りになってもばかと同然であるが、人間の道の学問の主となる所のものは天に在り、天の心即天理天則が何であるかをはっきり認め得たら、志気元気が振い起こるものである。世の中には種々雑多の学派がごたごたと入り乱れてもつれた糸のように、どれを取りどれを捨てたらよいかなかなかわかりにくいが、千年万年たってもびくとも動かないものは、唯一音の仁である。 


 示外甥政直

一貫唯唯諾

従来鉄石肝

貧居生傑士

勲業顕多難

耐雪梅花麗

経霜楓葉丹

如能識天意

豈敢自謀安

〔外(がい)甥(せい)政(まさ)直(なお)に示(しめ)す〕

 一(いっ)貫(かん)唯(い)唯(い)の諾(だく)、

従(じゅう)来(らい)鉄(てっ)石(せき)の肝(かん)

貧(ひん)居(きょ)傑(けつ)士(し)を生(う)み、

勲(くん)業(ぎょう)多(た)難(なん)に顕(あら)わる。

雪(ゆき)に耐(た)えて梅(ばい)花(か)麗(うるわ)しく、

霜(しも)を経(へ)て楓(ふう)葉(よう)丹(あか)し。

如(も)し能(よ)く天(てん)意(い)を識(し)らば、

豈(あに)敢(あえ)て自(みず)から安(やす)きを謀(はか)らむや。

 

(解)よろしい引受けたといったん心に承諾を与えた事は、どこどこまでも唯一すじにそれを貫き通さねばならぬし、これまで保って来た鉄の如く石の如く堅い肝だましいは、いついつまでもこれを動かしてはならぬ。豪傑の士は貧乏人の家に生まれ、勲高い事業は多くの艱難を経て世にあらわれるものであるし、梅の花は雪に耐えて麗しく咲き、楓の葉は霜をしのいで真赤に紅葉する。もしこの天の意の在る所がわかったら、自分で自分の安楽をはかるような事がどうして出来ようか。


示子弟

世俗相反処

英雄却好親

逢難無肯退

見利勿全循

斉過沽之己

同功売是人

平生偏勉力

終始可行身

 

 〔子(し)弟(てい)に示(しめ)す〕

 

世(せ)俗(ぞく)相(あい)反(そむ)く処(ところ)、

英(えい)雄(ゆう)却(かえっ)て好(こう)親(しん)す。

難(なん)に逢(お)うては肯(あえ)て退(しりぞ)く無(な)く、

利(り)を見(み)ては全(まった)く循(したが)う勿(なか)れ。

過(あやまち)を斉(ひと)しうしては之(これ)を己(おのれ)に沽(か)い、

功(こう)を同(おな)じうしては是(これ)を人(ひと)に売(う)れ。

平(へい)生(せい)偏(ひとえ)に勉(べん)力(りょく)し、

終(しゅう)始(し)身(み)に行(おこな)う可(べ)し。

 

(解)英雄というものは、世上一般の俗人どもがいやがり嫌って背中を向けるような事を、かえってすき好み、これに親しみ近ずいて行くものである。難儀な事に出逢っては、あえて退いて敬遠するような事をしてはならぬし、利益を見ては、善悪の見さかいも無くこれについて行ってはならぬ。人と一緒に過を仕出かした場合には、それを自分に買って出て一人で全責任を負うようにし、人と一緒に功を立てた場合には、これを人に譲って、自分はその分け前にあずからないようにせねばならぬ。ところが以上述べたような事は、俗人を超越した英雄のする事で、なかなか容易に出来る事ではないから、かねて一途に勉めて始終(常住不断)身に実行してゆかねばならぬ。 


偶成

 宇宙由来日赴新

数千里外已如隣

願知四海同胞意

皇道頻敷萬国民

 〔偶(ぐう)成(せい)〕

 宇(う)宙(ちゅう)由(ゆ)来(らい)日(ひ)に新(しん)に赴(おもむ)き、

数(すう)千(せん)里(り)外(がい)已(すで)に隣(となり)の如(ごと)し。

四(し)海(かい)同(どう)胞(ほう)の意(い)を知(し)らむと願(ねが)わば、

皇(こう)道(どう)頻(しきり)に万(ばん)国(こく)の民(たみ)に敷(し)け。

 

(解)世界はもともと日に新たに又日に新たに進歩して来て、今日ではもはや、何千里も遠く隔たっている海外諸国がまるで隣見たように近くなり、四海同胞という語もよく使われているが、世界中の人は皆同じ胞(ほう)から生まれた兄弟同然だというこの語の真の意味をよく知りたいと思うならば我が日本の天子様の大御心の顕現である仁慈の皇道を、しきりに世界万国の民に敷き及ぼせ。


示子弟

我有千絲髪

毛々黒於漆

我有一片心

皓皓白於雪

我髪猶可断

我心不可截

  〔子(し)弟(てい)に示(しめ)す〕

 

我(われ)に千(せん)絲(し)の髪(かみ)有(あ)り、

毛(さん)々(さん)として漆(うるし)よりも黒(くろ)く、

我(われ)に一(いっ)片(ぺん)の心(こころ)有(あ)り

皓(こう)皓(こう)として雪(ゆき)よりも白(しろ)し。

我(わ)が髪(かみ)は猶(なお)断(た)つ可(べ)し、

我(わ)が心(こころ)は截(き)る可(べ)からず。

 

(解)自分には幾千筋か数知れぬ髪の毛があって、ふさふさとして漆よりも黒い。自分には又ただ一片の心があって、清浄潔白雪よりも白い。この数知れぬ自分の髪の毛はこれを断ち切る事が出来るが、ただ一片の自分のこの心は何人もこれを切り去る事は出来ないぞ。


題楠公図

奇策明籌不可謨

正勤王事是真儒

懐君一死七生語

抱此忠魂今在無

 

 〔楠(なん)公(こう)の図(ず)に題(だい)す〕

 

奇(き)策(さく)明(めい)籌(ちゅう)謨(はか)る可(べ)からず、

正(まさ)に王(おう)事(じ)に勤(つと)むる是(これ)真(しん)儒(じゅ)。

懐(おも)う君(きみ)が一(いっ)死(し)七(しち)生(せい)の語(ご)、

此(こ)の忠(ちゅう)魂(こん)を抱(いだ)くもの今(いま)在(あ)りや無(な)しや。

 

(解)奇抜な策略明確なはかりごと、到底尋常人のはかり知る事の出来ない所であり、一も二もなく真っ正面から勤王の事にぶつかって行かれた楠公こそは、ほんとうの儒者(孔子孟子の道を学ぶもの)である。追懐すれば、公は自刃の際に「七たび人間に生まれてこの賊を滅ぼそう」という語を残されたが、このような立派な忠義の魂を抱いているものが、今の世の中にいるであろうかどうであろうか。


春暁枕上

 春光不似勁秋清

暖紫嬌紅繁我情

夢在芳林桃李裡

驚来枕上売花声

 

〔春(しゅん)暁(ぎょう)枕(ちん)上(じょう)〕

 

春(しゅん)光(こう)は勁(けい)秋(しゅう)の清(きよ)きに似(に)ず、

暖(だん)紫(し)嬌(きょう)紅(こう)我(わ)が情(じょう)を繁(つな)ぐ。

夢(ゆめ)は芳(ほう)林(りん)桃(とう)李(り)の裡(うち)に在(あ)り、

驚(おどろ)き来(きた)れば枕(ちん)上(じょう)花(はな)を売(う)る声(こえ)。

 

(解)春の光は、気の強い男性的な秋の色のさっぱりした趣とは似ても似つかぬ女性的なものであって、暖かな感じの紫や、やわらか味のある赤い花が、我が心をひきつける。このような春の事とて夢もまた桃や李の花が咲いている林の中をさまよっていたが、ふと目を覚ますと、枕もと近くに花売りの声が聞こえる。


田園雑興

梅子金黄肥稲苗

牧童趁瞑笛声遥

殷殷雷動何辺雨

新漲看看拍小橋

〔田(でん)園(えん)雑(ざっ)興(きょう)〕

 

梅(ばい)子(し)金(きん)黄(こう)にして稲(とう)苗(びょう)肥(こ)え、

牧(ぼく)童(どう)瞑(くら)きを趁(お)うて笛(てき)声(せい)遥(はるか)なり。

殷(いん)殷(いん)たる雷(らい)動(どう)何(いず)れの辺(へん)の雨(あめ)ぞ、

新(しん)漲(ちょう)看(み)る看(み)る小(しょう)橋(きょう)を拍(う)つ。

 

(解)梅の実が熟して黄金の鈴をかけたようであり、稲の苗が肥え太っているが、日はようやく暮れかかって、牛にのって家に帰る牧童の後姿が、次第次第に深くなる行くての闇に吸い込まれて行くにつれて、その吹く笛の音がだんだんだんだん遠くなりはるかになり低くなりかすかになって行く。折しもごろごろと鳴る雷の音が遠くに聞こえて、どこかで雨が降っているなあと思う間もなく、見る見るうちにみなぎりあふれて流れて来る小川の水が、ばちゃりばちゃりと小さな橋の腹をたたいている。


中秋賞月

中秋歩月鴨川涯

十有餘回不在家

自笑東西萍水客

明年何処賞光華

 〔中(ちゅう)秋(しゅう)月(つき)を賞(しょう)す〕

 

中(ちゅう)秋(しゅう)月(つき)に歩(ほ)す鴨(かも)川(がわ)の涯(ほとり)、

十(じゅう)有(ゆう)余(よ)回(かい)家(いえ)に在(あ)らず。

自(みず)から笑(わら)う東(とう)西(ざい)萍(へい)水(すい)の客(きゃく)、

明(みょう)年(ねん)何(いず)れの処(ところ)にか光(こう)華(か)を賞(しょう)せむ。 


(解)八月十五夜、月の光を踏んで、歩いて加茂の川原に出かけて来たが、ふりかえって見れば、この名月を自分の家で見ない事がもう十何回、この長い間、西に東にうつり移って浮草同様の旅に流浪したのかと思うと、自分で自分を笑いたくなる。明年は果たしてどこにさすらって今夜のこの月の光を賞する事であろうか。